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窓の外を眺めると、よく晴れた青空と、遠くの方にやや小振りな入道雲が見える。ごくありふれた、初夏の風景。
小さな窓から見えるものは、空と、雲と、庭の木々だけである。
そんな風景から、手元の本に目を戻す。
今読んでいる本は、ある航海士の手記。彼が海で過ごした半生を語っている本である。
見慣れた風景を時折眺めながらの読書。
それが、ミアにとっては午後の日課となっている。
どこか特別なところがあるかと言えば、決してそんなことはない、本当にありふれた初夏の午後。
そんなありふれた午後のひと時は、ミアにとってはとても心の休まるひと時である。
特別な刺激は彼女には必要無かった。
いつもの午後でいいのである。それが彼女の心に平穏をもたらす。
だが、彼女にとってさらに心の休まるひと時は、他にある。
コン、コン。
2回、ノックの音が部屋に転がる。
「ミア様、お茶が入りましたよ」
「どうぞ」
ゆっくりとドアを開けて入ってきたのは、ミアにとって最も身近な人物。
エルフの少女…セティアは部屋に入ると一礼して、テーブルにティーセットと菓子の乗ったトレイを置く。
皿の上に乗った菓子は、ミアの見たことが無いものであった。黒っぽい直方体で、表面につやがある。
「今日のお茶菓子は、とある東方の異国の伝統的なお菓子だそうです」
「へぇ…、珍しいものですね」
「確か名前は…、『ヨウカン』とかいうらしいです。紅茶に合うでしょうか?」
「それは、食べてみてのお楽しみ、ですね」
そう言ってミアはにこりと笑った。それに応えるように、セティアも微笑む。
ミアは、カップに注がれた紅茶を一口啜る。ゆっくりと、その味をしっかりと確かめるように。
一口飲み終えて、ミアはセティアの方を見て、もう一度微笑む。
「セティアの淹れてくれた紅茶は、いつも美味しいです」
「そう言って頂けると光栄ですわ」
いつも変わらない、セティアの淹れた紅茶の味。
いつも変わらない、ミアの最も好む甘さに調整された、絶妙な味加減。
セティアは本当によく自分を分かってくれている。
それが、ミアはたまらなく嬉しかった。
自分のことを、一番よく分かってくれているセティア。
そんなセティアと共にアフタヌーンティーを楽しむ。
ミアにとって、これ以上に心の休まるひと時は、他には無い。
彼女にとって、これほど幸せな時間は、他に考えられなかった。
「それでは、その『ヨウカン』というお菓子を食べてみましょうか」
「ミア様のお口に合うでしょうか?実は、私もまだ食べてないんですよ」
「あ、私に毒見をさせるつもりですか?」
「ふふふっ、人聞きが悪いですねっ。それじゃ、『せーの』で一緒に食べてみましょうか」
二人は一緒に『ヨウカン』とやらを一切れ、口元へ運ぶ。
互いに目を合わせて、セティアの方から合図を出す。
「それじゃ、いきますよ…、せーのっ」
ぱくっ。
二人とも、しばらく黙って『ヨウカン』を口の中で転がしてみる。
先に飲み込んだミアが口を開く。
「……甘い、ですね。ケーキやクッキーとは、少し違う甘さ…ですね」
「はい…、私は結構好き…かな?ミア様はどうですか?」
「私も嫌いではないかも、です。ただ…」
「ただ?…あ、私も同じこと考えてるかも。また『せーの』で、応え合わせしましょうか?」
お互い、何が言いたいのかは何となく分かっていた。
それでも、とりあえず確かめてみたいのは、性というものである。
「それじゃ…、せーのっ」
『紅茶にはあんまり合わない』
二人の言葉は見事にユニゾンした。
お互いに「やっぱり」といった表情で、しばらく見つめ合う。
「…ふふっ、あはははははっ」
先に堪え切れなくなって笑い出したのは、セティアの方だった。
すぐにつられて、ミアも笑い出す。
お互い、とても楽しそうに、そして、幸せそうに。
こんなありふれた毎日がいつまでも続けばいいと、二人は思う。
いつまでもセティアに側にいて欲しいと、ミアは願う。
いつまでもミアの側にいたと、セティアは願う。
お互いにそう想い合っているからこそ、一緒にいられる。
お互いが想い合っているからこそ、幸せでいられる。
二人の日常は、いつもこんな感じで過ぎていくのである。